なぜ下戸はウイルスに強いか、続。

密林、ジャングルの木の上で生活しているサルたちが、アルコールは飲まないがウイルスに強かったのは当然でしょう。そうでなかったら、「猿も木から落ちる」。「すぐに病気になる」。だから、出発点のサルは下戸だった。現在の下戸の人は、この遺伝子をそのまま受け継いでいるのです。そう思えば、特別に変なことはありません。

人類がウイルスに弱くなったのはアルコールのせい。

もしこの下戸の状態で人類が全員生活していたら、コロナウイルスなどは怖くない、通常のインフルエンザくらいの被害にとどまるでしょう。それであれば、経済活動には響かない。ところがここにアルコールの問題が出てくる。サルが木から降りて、木の実を食べ始めた。これが腐熟、発酵する。アルコールが含まれるようになるから、アルコールを摂取して分解し、栄養、エネルギー源にしなければならない。その必要から、アセトアルデヒド分解酵素を全身に持つようになった。(アルコールが肝臓でアセトアルデヒドに変えられる)。アセトアルデヒドが血中を回っている間は、ウイルス、細菌が侵入してきても、両者が結合して、ウイルス、細菌は無力になる。だからアルコールを飲んだ時、酒豪は強い。しかし、やがて、アセトアルデヒド分解酵素が、すべてを分解しつくした時、体は無防備になる。そこへウイルス、特に新型コロナが侵入してくる。抗体はまだできていない。これでは戦えない。だから弱いのです。常に弱いのではない。弱い、強いの波がある。その弱い時を狙われたら、下戸よりも弱くなるというのです。

下戸は少量の消毒材を体内に持っている。

下戸はアルコールを飲まない。しかし、少量、適量のアセトアルデヒドを体内に持っていて、酒豪のように増えたり、減ったりという波がない。昔の医学、生物学では、これがあるという認識ではなかった。今は、これが果物の中、芳香、煙、口の中での生産、その他で、少量ながら血中にあるという学説になっている。これがあれば、不潔な環境の中でも生きていける。これがわかったとたんに、私などは、自信が出てきた。私は下戸ではあるが、病気をしない。「なるほど。ダンゴムシやウジ虫のようなところがあるのだな」。つまり酒が飲めないという特徴が、アセトアルデヒドを分解することなしに、一種の消毒材を血中に流し続け、ウイルス、細菌を撃滅する。まあ、原始人のようなものか。それでも自信の根源にはなる。

しかし、下戸には下戸の悩みもある。

日本の人口の約半分が下戸だといっても、文化、風俗、習慣のほとんどは上戸の常識の上に作られている。社会組織、政治経済の指導権も、酒の上に成り立っている。下戸はそれに従っている。世界的には、欧米諸国のほぼ全員が飲めるといわれる。しかもキリスト教であり、これは「ワインはキリストの血である」という信念を持った宗教の上に成り立っている。イスラム教は禁止しているし、仏教は、酒を「般若湯」と称して、内々に黙認しているという状態でした。今の坊さんたちは自由ですが。こういう状態で、下戸が黙って上戸に従っていることを一つ。アルコール消毒です。下戸はアルコールのにおいをかぐだけで不愉快になります。上戸は楽しそうにアルコール消毒をする。下戸は一滴、それもできるだけ少なく、時にはするふりだけ、その時の心境は分かりますか。さらに心配するのは、子供に強制し、監督して大量のアルコールを手に付けさせる。これが手から侵入し、酒を飲んだ状態になる。未成年にアルコールを禁止しているはずです。それがどういう意味を持つか考えたことはありますか。しかし、今ははこの程度の表現にとどめておきましょう。何しろ酒飲みの文化だからなあ。

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