中間層の革命理論・ロベスピエールと西郷隆盛の共通点

あらゆる社会的激動期に、中間層は独自の理論的指導者を立てて行動する。フランス革命ではロベスピェール、これはすでに説明した。では日本では、となると、それが西郷隆盛であるというのが、これから証明しようとすることである。「相手は市民、こちらは武士ではないか」とまず反論が来るであろう。しかし、それは違う。ロベスピエール、サンジュスト、クートン、これが3人のロベスピエール派の公安委員であるが、サンジュストは貴族、本人もまたマクシミリアン・ド・ロベスピエールと、貴族風に自称していた。つまり、フランス革命もまたなかなか貴族的なので、そこのところを日本人が誤解しているのである。
西郷隆盛は武士とは言うが、下級武士で、殿様のお庭番というかたちで近づいたのが始まりであった。したがって、家も小さい、収入も低い、現代の表現ならば中間層になる。それを横に広げると、中小商人、親方層、文化人などと同じ水準になる。
この中間層は、上層階級に対する批判を持っている。贅沢のし過ぎ、腐敗、悪徳を正したいと思ってている。それが一般論で、出てくる指導者、大衆を動かす理念はその時と条件によって千差万別となる。
まず、旧支配者の権力を撃破する。代わって権力を動かすことになった大商人、銀行家、その他の大ブルジョアジーの姿を見て、これにも憤慨し、「こんなはずではなかったのに」と悩むのである。
言い残したことも、よく似ている。「共和国は滅び、盗賊が勝った」とロベスピエールはいったが、西郷隆盛は「悪く申せば泥棒なり」と新政府の官僚を批判した。「これでは戦死者に対して申し訳がない」とも言った。討幕戦のことを言っている。「脱出す、人間虎豹の群れ」とも書いた。利権に群がる新政府の人間関係を表したものである。自分だけは清廉潔白でありたいという思いがある。ロベスピエールは「アンコリュプチブル」、腐敗しない人のあだ名をもらっていた。そういうところが両者似ている。目指すところは、上層階級の暴利を制限して、下層の水準を引き上げ、豊かな中間層の社会を作ろうとしたものであった。

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