九 大塚史学の間違いを正す

1950年、昭和25年私が大学に入ったころ、どこからともなく大塚史学という言葉が聞こえてきた。これに心酔した友人が、大塚助教授の講義を聞きに行こうと誘ったことがある。大塚久雄、高橋幸八郎と、何度も繰り返していたから、自然に覚えてしまった。この理論が天皇制絶対主義説を正当化する有力な理論になる。要点はこうである。
貴族とブルジョアジーの勢力均衡のなかで、後者の部分を「前期的商業資本」と呼ぶ。前時代の支配者つまり封建支配者にすり寄り、庇護され、自分の中にもそうした要素を含みながら成長してきた大商人だからである。この部分がすでに、市民革命以前、王権の支柱として権力の側にいたかのように言う。これに対抗する「自生的産業資本、中小生産者」が市民革命のさなか、前期的商業資本または彼らが組織する大企業を打倒する。こういう変化があるので、イギリス、フランスは先進的であり、ドイツ、日本は後進的性格を持ったままであるという理論であった。当時のドイツ、日本はこの程度の位置づけであった。
この理論に疑問を感じたのは、フランスについての実証の根拠が事実に反しているのではないかというところからであった。イギリスの大塚、フランス高橋と研究分野が定まり、ともに学会の権威であった。その高橋幸八郎氏の著書の中で、前期的商業資本の組織する大企業として、アンザン炭鉱会社、ル・クルゾーが紹介されていた。これらが、フランス革命のさ中、「圧服」されたと書かれていた。そういうものかと思っていたところ、幕末、横須賀に造船所を作ったのがこのル・クルゾーであったことを知った。これで愕然とした。圧服されたものがどうして日本に造船所を作るのだ。フランス革命のあと、よみがえったのかなと思っていたところ、高橋教授のおとうと弟子中木康夫、名古屋大学教授、の著書で、「断絶、廃棄」となっていることを知った。そこで私が十年後「断絶していない、連続している」と主張し、その根拠を実証をともなって発表した。以来、大塚史学の断絶論、小林の連続論と位置づけられたが、私の本心では「そんなところに議論の本質はなく、市民革命の基本法則にこの問題は入ってこない」という程度のものであった。

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