亡命貴族財産の国有化、売却は土地革命にならない。

土地革命を巡る論争の中で、領主権廃止が土地革命にならないと私が証明すると、相手は「ならば亡命貴族の財産没収はどうだ」と反論する。何十人かの学者相手にこれをやってきた。だから、今度はこれを扱う必要がある。
オーストリア・プロイセン連合軍が侵入してくる。こうなるように頼み込んだのは、亡命貴族の一団で、革命前の最高権力者の集団であった。大貴族、大領主の頂点に立っていたものである。フランスの革命政府の側は、この戦争に要する戦費を、責任者の亡命貴族に支払わせる必要があるとの理由で、彼らの財産を没収し、売却することにした。ここで重要なことは、あくまでお金に換えるということで、ただで誰かに渡すという目的があったのではない。
だからこれは常に入札、競売の方法で売却し、売上代金を国庫に入れた。手続きは地方公共団体が行った。はじめは一括売却、難しいときは分割売却、これで競り落としていくのであるが、ここに土地を持たない貧民が参入して落札することができるかどうかである。それはあり得ない。買い取っていくのは金持ちに決まっている。これをもって、自作農の創設というのはナンセンスであろう。新しく、金持ちの大土地所有者を作り出しただけのことである。
1年後の1793年、細分競売という方針が実現した。以前よりは自作農創設に近い。しかしあくまでも競売であるから、金持ちが競り落とすことが多い。貧民にはそもそも金がない。
この年の後半、土地購入の証券を貧民に与えるという法令が出た。この証券を持って競売に参加せよというものであった。良い方法に見えるが、あくまでも競売であるから、自作農が常に創設されたというものではない。貧民の中に不満が鬱積した。
こうしてさいごに、いきつくものが来た。1794年ロベスピエール派が残った土地を「貧しい愛国者に無償で与える」という法令を可決させた。ヴァントウーズ法という。これが実行されたら、土地革命になったであろう。しかしこれは実行段階で、公安委員会の多数からも抵抗された。財政委員会議長カンボンは財政収入にならないという理由で大反対した。
対立の行く先は、テルミドールの反革命で、ロベスピエール派は失脚し、この法案は消滅した。つまりは、土地革命は起こらなかった。
領主権無償廃止も、亡命貴族財産の没収売却も、自作農創設を目標としたものではない。
フランス革命では土地革命は行われていない、これが最終的結論である。百数十年間、世界中の学者がこれを信じ込んできたのであるが、マルクス、エンゲルス、レーニン、毛沢東などもこれを信じてきたのであるが、この倒錯の歴史観はいったい何であったのか、不思議に思う。

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