十五 ニューデイールをめぐるアメリカ経済界の分裂

1929年の大恐慌とそれに対する対策として実行されたニューデイール政策は、反対派からは≪忍び寄る社会主義≫といわれ、賛成派からは労働者、農民のための政策と賛美された。巨大企業に課税し、その資金で国営企業としてのテネシー河開発機構を作った。今でいう大規模公共事業であった。自由主義、自助努力、セルフヘルプの国にとって、仰天するような大変革であった。これを反財閥の、労働者、農民の運動の成果とみる学説が戦後の日本でも盛んになった。
これが正しければ、一時的にしろ、アメリカで財閥が実権を失うことになったとの主張ができる。そのような学説が当時は多かった。本当にそうか。じつは、ロックフェラー財閥の当主ははじめからルーズヴェルト大統領と親しく、通勤列車で同席していた。自動車のクライスラーも支持者であった。興業を中心とした新興財閥jジョセフ・ケネデイ・この息子が大統領になる・新興銀行家ジャンニーニのバンク・オヴ・アメリカなどが支持者であった。これをみると、経済界の分裂があったということで、反財閥、反経済界の権力ができたということではない。こういうことを、私は六十年前、東大西洋史学科の卒業論文で書いた。

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