十八 ボナパルテイズムに3人のユダヤ人が関係している

ナポレオン3世を皇帝の座に押し上げたのは、財務大臣になったフールであり、彼はユダヤ人の投資銀行家であった。フランス革命の頃にパリにきて投資銀行を作り、成長していった。本家はドイツ・フランスにまたがるユダヤ系金融業者であった。どいつ語ではフルトFuldとなる。これを英語流で発音すると、ファルドとなる。これを聞くと、多くの日本人が「ああ、あの人」と思うだろう。21世紀のリーマンショックの引き金になった人である。つまりこの一族は、今なおドイツ、フランス、アメリカをまたにかけるユダヤ系の巨大金融業者である。フールに敵対し、ナポレオン3世とも険悪な関係になった大銀行家ロチルドはドイツからフランス、イギリスに進出して、ヨーロッパ中に支店を開いたロートシルドの分家であった。
マルクスはナポレオン3世の反ロチルドの動きなどを評価して、反資本家の性格があると見た。フールのことは目に入らなかった。同時代のことだからやむを得ないとはいえ、ボナパルテイズムを反資本家・反労働者の運動と定義したことは、彼の学問的名声と負いまって、歴史学の中に、幻影を事実とする間違いを持ち込んだ。彼は、「偉大な人物が生存している間は、世間の人々は批判したり、無視したりする。死ぬと高く持ち上げ、その長所ではなくて、欠点を悪用する」と書いているが、この問題はまさに予言通りになってしまった。なお、マルクスもユダヤ人であった。妻はイエニー・フォン・ヴェストファーレンという大貴族の令嬢であった。ウェストファリア・ケルンの近く・のことである。フールの出身地に近い。わからないはずはないと思うのだが、この問題は引っかかりやすいのだ。
ついでながら、1930年代のドイツでナチスが台頭した現象も同じような思い違いをもたらした。一方に保守党があり、これは資本家陣営とみなされる。他方に社会党、共産党があり、これは労働者の政党とみなされる。これらが大恐慌の混乱の中で鋭く対立した時、国家社会主義ドイツ労働者党と称して、両者を攻撃したのが、この頭文字をとってナチスであった。これは中産階級の運動であると思われた。この武装集団がSĀ・ナチス突撃隊であり、社会党、共産党を全滅させ、党首ヒットラーを権力の座に押し上げた。次にいよいよ社会主義の実現を目指そうとしたが、ヒットラーは動かない。突撃隊隊長エルンスト・レームは社会主義実現を目指してヒットラーに圧力をかけた。結果はどうなったか、ある日銃声がして、何が起こったかがわからなかったが、レームは現れなくなり、突撃隊は解散され、ヒットラー親衛隊が組織された。ナチスの「ス」すなわち社会主義の意味は消えた。こうして、ドイツ重工業資本の権力が確立した。これがことの本質であった。つまりどのようにしても、動産支配の実態が出てくるのである。

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