外見的復古に惑わされるな

明治維新があたらしい世の中をを作ろうとしたのだというと、これは特に外国人が、しかも知日派の人たちですら、強硬に反対してくる。これでは、「フランス革命に遅れること40年で市民革命を達成した」といっても、聞く耳を持たぬということになってしまう。戦後しばらくの間、「世界には先進国、後進国、それにアルゼンチと日本があるな」どと言われていたが、これは日本がわけのわからぬ国としてきわだっていたことの証拠である。「新しいことをしようとするときに、古代天皇制のような古いものを持ち出してくるというような国が、いったいどこにあるのですか」。これはハーバード大学の日本研究家クレイグ教授の反論であった。これが大多数のヨーロッパ人の反論である。
これにたいするわたしの反論は、以下のようなものであった。これは日本人に覚えておいてほしい。フランス革命では、ナポレオンの執政政治、統領政治があるが、これはフランス語の「コンシュラ」の翻訳である。その語源は「コンスル」で、古代ローマ紀元前二回にわたって、三頭政治の形式で実現した。独裁制への移行過程に出てくる。次に、ナポレオンは皇帝になった。議会には上院と下院を設け、上院はフランス語で「セナ」と呼ばれた。これは古代ローマの「セナトウス」からきているもので、貴族を意味する。古代ローマもきぞく、近代のフランスでも貴族を集めたものになった。つまり、二千年前の古いものを持ち出して気ではないか。さらにいうと、アメリカ合衆国の憲法はどうか。古代ローマの皇帝制度と同じではないか。アメリカの上院議員をシネターというが、これも古代ローマのセナトウスの英語流の発音になる。もう一つ、イギリス革命の最も革命的であった時期、クロムウエルの軍事独裁政権が成立したが、その形式が「ロード・プロテクター」、「護国卿」「護民官」の制度であった。これもまた、古代ローマに現れた制度であった。西洋諸国も古いものを持ち出して新しい国家を作ったではないか。こう反論したところ、ぐっとつまって何も出てこなかった。そばで奥様、日本人、が聞いておられて「それはその通りじゃないの」と、嬉しそうに言われたのが印象的であった。

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