宗教と科学の接点4

般若波羅蜜多とは観音菩薩の修行方法である。

観音菩薩は「音」を『観』ずることで、ある修行の頂点に達した人のことである。今では、人間を超えた存在のように思われているが、それは仏教徒独特の信仰心によるもので、科学的に見れば、人間、しかも俗人であることに間違いはない。俗人というと仰天する人も多いが、菩薩が俗人であることは常識の範囲であります。俗人であれば、商売もする。結婚もする。古代中世では、特に女性関係での制約はない。ましてインドでは。さらに女性でもありうる。つまり普遍性、共通法則です。まあ類人猿では無理だろう。ゴリラも無理。現生人類ならだれでも行けるだろう。こういう基本法則があるから、人種、性別、国籍は無関係です。だから観音信仰が日本に入ってくると、爆発的に広がった。

観音の修行はどこでするか。

音が問題になるのであるから、雑音が入ってはダメだ。音楽を聴くときもそうでしょう。まして自分は音を立てないのだ。となると、人里から離れた、鳥のさえずりすら聞こえないところでなければならない。さりとて、あまり離れすぎると、生活に困る。そうすると、少し離れた洞窟、これが最適になる。例えば、大船観音、その下には田谷の洞窟がある。つまり、人家はあるがある程度の距離があり、洞窟に入れば一切の雑音が遮断されるという場所になる。

観音の修行はどういう格好でするのか。

観音の修行は、いくつかの格好でする。各地の仏像を見るとよい。立ち姿、正座、立膝、「半跏趺坐」、「結跏趺坐」など、つまりどれでもよいのだ。ここに共通法則はない。

観音の修行は何をするのか。

つまるところ観音の修行は何をするのか。この点について、私は自分の言葉で語ることを避けたい。言いたいことはある。しかし結果はよくないと思われる。そこで、根本経典の出番になる。これが世界で唯一公開された文章です。272ページから始まります。ただ面白いことに、「愚人たちにも受け入れられる行法で」となっていて、賢者、愚者関係なく、誰でもできる方法となっている。まさに人類普遍の法則です。こんなところに、一つの普遍性がある。



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