宗教と科学の接点7、体を整えると悪口が気にならなくなる?

心と体の接点。深呼吸すれば気持ちが落ち着く。

心と体はばらばらだと思っていました。またそういう歌もある。「精神一統何事か成らざらん」、「精神力が足りない」などと怒鳴られながら育った人間です。しかしどうやって精神力を強めるのか、よくわからないのです。ただ一つ、「深呼吸をすれば心が落ち着く」という知恵を、小学校で、中学受験の心構えとして教えられました。「答案が配られる。ドキドキする。頭がかつかとする。それが続けば、持っている力を出しけれない。その時、目を閉じて、姿勢を正し、静かに深呼吸をする。そうすれば、能力を十分に出し切れる」。これ以後、多くの場面で、実行してきましたが、「なんでそうなるのかね」という疑問は残りました。

座り方が整うと、悪口すら気にかからなくなる?

「座り方は、安定した、快適なものでなければならない」。「そのような座り方は、緊張を緩め、心を無変なものへ合一させることによって得られる」。「その時、行者はもはや寒熱、苦楽、毀誉、褒貶等の相対的状況によって悩まされることはない。(前出、ヨーガ根本経典、110ページ)。この言葉は実に奥深い。60歳前後に出会いました。その時、小学校時代の「深呼吸」はこの文章の初歩、「爪の垢を煎じて飲む」程度のものであったのではないかを思いました。「座り方が安定してくると、厚さ、寒さのみならず、周囲の雑音にすら左右されなくなる」。これは素晴らしいことではないか。以来私はこれを信じた。毎日実行した。

座り方にも各種品ぞろえがある。

座り方が安定してくるというのは、「ハイ正座ができました」、というのではない。確かに正座が安定してできるというのは、それなりに大したものである。そして、それなりの効果はある。しかし、これだけなら、その方向に偏り、その偏りが別の欠点を作り出す。そこで、複数の座り方が必要になる。それについては、182ページ前後に書かれている。中には、不可能なくらい難しいものもあるが、そこは自分の目的に合わせて取捨選択する。

柔軟体操で、座り方に安定と快適を実現する。

例えば、胡坐で座っても、背もたれが必要であったり、膝を持たないと後ろにひっくり返るようでは、安定とは言えない。胡坐の理想は、ひざが床につくくらいで、背筋はまっすぐに伸びていることであるが、これは時代劇の俳優、韓流映画の女優が見本になる。仏像はあらゆる立ち方、座り方の見本である。お雛様の姿もそうである。つまり身近に理想の座り方はあるのだけれども、それに近づくためには、足、腰の柔軟体操が必要になる。。これを毎日して、安定して、快適に座れるようにする。そうするならば、悪口も気にならないようになるらしい。体が精神に作用するのだ。そこには、特定の神、仏は入っていない。ヨーガ根本教典の科学的部分であろう。

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