宗教と科学の接点7、心と体の関係。

揺れ動く心をどうつなぎとめるか。以下は、ヨーガ根本教典の中からの引用であります。

「自在神への祈念によっても、無想三昧に近づくことができる」。「息を出す法と息を止めておく法とによっても、心の清澄が得られる」。「何でも自分にとって好ましいものを念想することによっても、心は不動になる」。(74ページ)。受験直前に、深呼吸をせよという忠告は、この真ん中の文章に当てはまる。前と終わりで何を連想するか。戦国武将がそれぞれ念持仏をもって戦争にでたことです。上杉謙信は毘沙門天を、徳川家康は阿弥陀如来をという調子です。何を選ぶのは自由ではあるが、一度選んだならば、それを絶対と心得、ひたすらそれを祈る。そこに宗教が出てくる。ただその宗教はあらかじめ決められ、押し付けられたものではない。「どれでもよいから選び取れ。ないよりはましだ」というのです。そう言えば、織田信長はないでしょう。自分を神だと思っていたのではないか。

心霊的能力は体の動きからくる。

「およそ霊力を得ようとする行者は、ハタの道術を極秘にしなければならない。なぜかといえば、ハタの道術は極秘に護持するときにこそ力があり、公開すると無力なものになってしまうからである」。(173ページ)。「アーサナはハタ・ヨーガの第一部門であるから、最初に説くことにする」。「ハタ・ヨーガに成功したというしるしは、(1)体がやせる、(2)顔色が冴えてくる、(3)例の妙音がはっきり聞こえる、(4)両眼に曇りがない(5)無病、(6)ビンドウの克服(7)消化力の旺盛、(8)気道が詰まっていない、などである」。(220ページ)。以上、心と体の相関関係について、「ヨーガ根本教典」はぎりぎりのところまで煮詰めてきている。心霊的能力すらも、身体操作を通じて可能だと言っている。私はこれを信じて実行したい。ただし、60過ぎてからの目覚めだから、時機を失した感がある。あるヨガの本を読んでいると、「ヨガは若い力でするもの、年老いて、よぼよぼになった体でなにができよう」と書いてあった。その通り、野心は捨てて、「健康ヨーガ」にしよう。初歩の初歩でよい。宗教は平均的日本人でよい。これで約30年間やってきましたが、成果は上がったのかな。「しるし」の中の、1,2,3,4,5,7は88歳にしてまだ大丈夫、今しばらくは健全に暮らしたいと思っています。


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