小林良彰(歴史学者、東大卒)の西郷隆盛論、商人の討幕

当時三都の大商人といわれたものが、三井組、小野組、、島田組であった。大阪、京都、江戸に店を持った。このうち三井がひそかに薩摩の側についた。新政府ができると、その会計官由利公正(三岡八郎)は小野組の小野善助を呼び出して、政府への協力を取り付けた。大隈重信(佐賀藩士)は鴻池、住友の資金を持って政府に名入り、会計官の次官になった。のちに「島田は大隈さんの何だったから」と井上薫が言ったが、世間には知られていないが、政府の中で走る人ぞ知る間柄だった。
なぜこのように商人層が新政府の側についたのか。それは御用金の問題があったからである。「近頃商人が集まれば御用金の話ばかりしている」との幕府内の報告が残されている。

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