小林良彰(歴史学者、東大卒)の西郷隆盛論、大商人との同盟

文久2年、3年(1862年、3年)、尊王攘夷運動の最盛期、攻撃の矛先は、商人層にも向けられた。「かいや、いわしや、こんとく・・・」以下多数の商人の名が列挙され、有用品を輸出し、不要贅沢品を輸入するため、諸物価値上がりを招いた。よって天誅を加えるという張り紙がなされた。京都以外の各地でも、脅迫、殺人、放火、その他の迫害があった。そこまでいかなくても、正しいことをするのだから、協賛金をだせという要求が来た。水戸の尊王攘夷派はそれであった。
開国和親の宣言は、そういうことをやめるという意思表示でもあった。これで商人は安心する。重要なことは、この方向がすでに2,3年前からひそかに西郷隆盛にやって進められていたことである。

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