恐怖政治の第3期 ロベスピエールの政策

ダントン派、エベール派を排除したころが、ロベスピエールの人気絶頂期であった。この時に、彼の政策として、ヴァントウーズ法という法案が提出され、国民公会で可決された。「反革命容疑者の財産を没収して、貧しい愛国者に無償で分け与える」というものであった。もしこれが実行されれば、土地革命らしいものが、不完全ながら実現したといってもよい。不完全というのは、大財産をもっていても、政治的に中立で、おとなしくしていたならばそのままというのであるから、社会改革としては不完全である。
この法案が出ると、下層階級の中で期待が高まった。これが、エベール派の支持者を減少させ、武装蜂起を失敗に終わらせた。だから国民公会の多数が賛成した。次は実行の段階に入った。この文章の前半と後半を実行する組織を作って活動してもらう必要がある。前半としては、一般警察局という組織を作り、公安委員会所属とした。実際にはロベスピエール派の3人が指揮した。後半の実行は愛国者のリストを作成する人民委員会の選定となり、公安委員会の有志が担当した。
しかしである。人民委員会の仕事は遅々として進まなかった。一般警察局のほうは、保安委員会との縄張りを巡って暗闘が生じた。時に逮捕と釈放が逆になったといわれている。一般警察局は特に公務員の汚職、職権乱用、蓄財、残虐行為に厳しく、議員といえども容赦しないという方針で臨んだ。ここで恐怖を感じたのが、派遣委員として職権乱用を繰り返した者たちであった。バラ,タリアン、フーシエなどであった。彼らは巨大な財産を作って帰ってきた。これをロベスピエールは許そうとしなかった。彼らはダントンの二の舞になると恐怖を感じた。
この恐怖感がロベスピエールの恐怖政治というイメージを作り出した。しかし肝心のロベスピールの側は次第に無力感に襲われ始め、公安委員会を欠席するようになった。ジャコバンクラブで、自分は公安委員会で無力になったといった。後になって、反対派の公安委員たちが、この仕事を引き延ばしたのだと自慢した。

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