続 ナポレオンには不思議なご縁がある。

物語風に描くといいだすと、突然筆が滑ったようで、厳密な正確さを欠いたようです。ナポレオンが下士官のままでツーロン軍港攻撃にさんかしたと書きましたが、将校になっていました。つまりフランス革命の三年間で人材登用が進み、そうなったわけです。ここに市民革命の大きな成果があるわけで、隣国は旧体制のままなので、優秀な人間でも、浮かび上がれないのです。こうした条件がナポレオンの活躍の場を実現したのです。だから、すでに能力を背景にして上昇し始めていたのです。「ド」がないとも書きましたが、正確に言うと、「ディ」というイタリア語は本来持っていました。しかし名前をイタリア語からフランス語のように切り替える時、遠慮したのでしょう。貴族社会では肩身の狭い状況だったのでしょう。
さてこの子孫でボナパルト君という人にパリで会いました。身長は私と同じ160センチ、横に座っている学生は180センチくらい、前者はソルボンヌの学生、後者はグランゼコールの学生です。ボナパルト君は「自分は試験に落ちたけれども、コルシカに帰ると名家の扱いになる」と言っていました。私は彼に「自分は日本人だけれども、あだ名はナポレオンです」と言いました。すると二人は、「本当によく似ている」と言っていました。私は肌の色が白くて、日本人の中では困っているくらいなので、どこかで遺伝的要素が入り込んだのではないかと思うのです。
もう一つ、パリで、ロートシルド銀行の重役に紹介されました。この話は続きで。

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