領主権の無償廃止でも貴族は大地主として残る

領主権の無償廃止はロランの党派(のちのジロンド派)が推進したことを説明したが、そこに貴族が多数参加していたことも紹介した。当然、日本人のほとんどの人から、「自分が破滅する政策に、貴族がどうして参加するのか」という質問が出される。「無償廃止なら、明日からは無一文、無収入のはず」、「貧民への転落が待っている」、「命がけでこれに抵抗するはず」、にもかかわらず積極的賛成、これは何かである。
日本人は領主権といえば、幕藩体制の領主権を思い出す。それぞれの藩で領主権は藩主一人に集約されている。いわば領主権の共有、「社会主義的領地所有」である。この状態で領主権が無償で廃止されると、それにぶら下がっている集団は一気に貧民となる。そこでずいぶん思い切った政策をするものだと感心する。日本では有償廃止であったから、日本は妥協的、フランスは徹底的という図式が出来上がった。
しかし、そもそもの前提条件が違うので、フランスの領主権は個人所有であり、しかもその個人所有の領地の中に、領主権に服している土地と、服していない土地があり、領主権の無償廃止は前者についてのみ行われ、後者については関係がなかったのである。
これでもまだ何を言っているのかわからぬといわれるだろう。城、館の周りに大きな土地がある。貴族は馬に乗って門から走り出て、全力疾走する。そこはすべて自分の土地である。ド・ゴール元大統領は、一日中走り回っても自分の土地だといっていた。はるか彼方に集落があり、そこには耕地が広がっている。そこまでの土地が貴族の直領地で、これは個人の所有地であり、領主権に服すはずのものではない。だから、無償廃止の影響は受けない。
つまり、たとえて言えば、無一文にならず、「財産半減」になるのである。それでも良いと覚悟を決めた。なぜなら、外国軍が侵入してくる。すべてを失うかもしれない。命すら危ない。今、領民と対立している暇はない。これが決断であった。戦争が終わってみると、それでもまだ貴族が多額納税者に名を連ねるという状態であった。
ブロイ公爵の子孫は、代々村の村長で、20世紀に入ってもそれが変わらない。村一番大地主だからである。ある伯爵はブドウの栽培、ワイン醸造と家業とし、地下にトンネルを掘って貯蔵庫とし、その長さは東京横浜間に相当するとテレビ解説者が言っていた。大屋政子という日本の女性が、ある伯爵から土地を買い、そこでゴルフをしながら、遠くの海岸線まで自分の土地になったといっていた。これもテレビであるが、こういう直領地の実態は、シャーロック・ホームズ、ポワロ、アガサ・クリスティーなど多くの映画で、今の日本人なら見ているはずである。
だから今なら、これを素直り理解してもらえると思う。

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