女心の歌は日本で、ひどく誤解されている

9月17日ヴェルディ、作曲の「女心の歌」をユーチューブアップロードした時、この歌の意味を解説しなければならないと書きました。実は日本人全体が誤解しているのです。翻訳が間違っているのではありません。間違いは、「女」という言葉を、日本人が女性一般と思い込んでいるのに反して、ヴェルディは特定の女性、それも人口の1パーセント程度の女性、を問題にしているのです。
ラ・ドナ・エ・モビレ、La donna e mobile,ですが、ドナ(ドンナ)は貴婦人、村で一人、町で数人、大国でも十数万人、下は館に住み、上は城に住みます。さらにここでいう貴婦人は、中央に夫とともに出て、宮廷で活躍します。例えばといえば、ポリニヤック公爵夫人でしょうか。敬称付きで呼びかけるときは、マドンナ(私の貴婦人)となります。フランス語ではダームとなり、マダム(マダーム)となります・ドイツ語では、ダーメとなり、複数ではダーメンとなります。
日本と違うところは、この貴婦人たちが、男女同伴で中央に出仕し、国王や皇帝を取り巻き、各種パーティに参加することです。重要なこと、それは側室の制度がないこと、結婚は、同程度の身分でなければならないこと、女性にも領地相続の権利があること、愛人の子供には相続権がないことです。だから、日本以上に、貴婦人の地位は高いのです。貴婦人たちは、宮廷では自由に行動しますから、そこは自由恋愛の場にもなります。それについて、目くじらは立てないという風潮があります。これがこの曲の背景です。
まず、直訳で日本語に日本語に翻訳します。
貴婦人は動きやすい。(心が)。羽が風に乗るように。語調の変動、考えの変動。しかしやさしい、愛想のよい笑顔。涙の時も笑いの時も、そして嘘も言う。貴婦人は動きやすい、羽が風に乗るように、語調の変動、考えの変動。
しかしながらみじめである。彼女をたよりにしたものは。間違って彼女を信じ込んだものはだ。しかしながら、永遠の幸せを感じたとは言えない。彼女の胸の上で、愛を飲まなかったものはだ。貴婦人は動きやすい。羽が風に乗るように。語調の変動、考えの変動。
La donna e mobile qual piuma al vento muta daccento e di pensiero , Sempre un amabile leggiadro 
viso in pianto in riso e menzognero Ladonna e mobil….
E sempre misero chi a lei s’affida chi le confida mal cauto il core Pur mai non sentesi  felice appieno
chi su quel seno non liba amore la donna emobile,,,,
この文章の優れたところ、一つは起承転結の形式がとられているところです。「諸国大名弓矢で殺す。糸屋の娘は目で殺す」という日本の歌があるでしょう。あれと同じです。もう一つは韻を踏んでいるところです。そういうところが、文芸を尊重する西洋の上流階級の中で人気を得て、パバロッティが歌うときは、その前から拍手が起こりました。日本では「女は嘘ばかり…」などと訳したので、心から好かれることはありませんが。残念だとおもいます。

  

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