シャンソン枯葉の「北風」が意味するものは

シャンソン枯葉は何を言わんとしているのか、これが意外に誤解されている。愛の歌だと思われています。それには違いないが、もう一つ、当時のフランス人にとって切実なものがあったのです。それを理解しないとこの曲を歌ったときの感慨が今一つということになるでしょう。
君は私に向かって口ずさんだ歌のことを覚えているだろうか。あの時は我々は幸せな時をすごしていた。あの時は人生はもっとよかった。太陽はもっと輝いていた。枯葉がスコップにたまっている。思い出とともに後悔の念も。北風がそれらを吹き飛ばした。忘却の寒い冬の中に。しかし、私は忘れていない。君が口ずさんだ歌ののことを。その歌がわれわれを結び付けた。お互いに愛し合った。しかし、人生は、愛し合う二人を引き裂いた。いざこざもなく、甘い思い出だけを残し、海は、別れた二人の愛の痕跡を、砂浜から消し去った。
「北風」これがキーワードです。いざこざのない別れ、これを作り出すのは、「有無を言わさぬ力」です。そして、二度と会えない。こういうものは、今なら、大震災、大津波、大洪水、内戦、民族淨化の大虐殺、難民として祖国を脱出する。こういうものでしょう。これなら「ああ」という思いだけが残る。
シャンソン枯葉の内容はこれです。多くのフランス国民がこれを経験しました。ドイツ軍に占領されたからです。ユダヤ人はさらに悲惨でした。見つけられると、金歯を抜かれて、ガス室で殺害という運命を覚悟しなければなりません。当然、パニック状態で逃げる。愛し合う二人は、一瞬で引き裂かれる。
シャンソン枯葉の作曲者はハンガリーからパリに逃げてきて、ドイツ軍の占領でまたパリから逃げました。作詞者は、フランス人ですが、やはり北フランスから南フランスに逃げました。実質難民です。これを歌う、イヴ・モンタンはもっと早く、ファシズムから逃れて、イタリアからマルセイユに来ました。難民です。グレコもピアフも似たようなもの、イタリア系で、苦労をしました。グレコはレジスタンスに参加して、ドイツ軍につかまりました。死を覚悟したことでしょう。
こういう体験を背景にした「北風」、「枯葉」です。それならわかるでしょう。私事ながら、私も神戸の爆撃で、田舎に疎開をしました。実質難民です。まだ女性はいませんでしたが、親友はいました。しかし、その日限りで、後どうなったのかわかりません。こういうことなのだろうと思います。最後のフランス語が、そういう感慨を残しているのだと思います。だから三人の歌手の歌に、独特の情感が出てくるのでしょう。

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