忍者のようながんに妻を奪われて。

2019年の冬、妻の体調が少しずつ悪くなりました。足がむくむ、正座がしにくい、ふろの座椅子が低すぎるから、高いものに買い替える。歩いていて、急につかれるから、どこかに座る。夕食を作るのが疲れるから、宅配を頼む。などなど。
しかし、間もなく80歳になるから、少しずつそうなるだろう。それにしても、まっすぐに立っている。痩せてくるわけでもない。(がんになれば痩せるという)。まだ抜けた歯はない。頭の画像も欠点がない。体は、「自彊術」という体操の教室をいくつか持っている先生だけに、まあ模範的でした。それ以上に、ヴィーナスといってもよいほどでした。私が東大を出て、四国の高等学校の先生として赴任するとき、指導教授の林健太郎先生が、「夏目漱石の坊っちゃん」を念頭に「四国に行かれたら、マドンナを獲得されんことを」と書いてくださいましたが、まさにその通りになったと思っていました。
というわけで、まさかその存在が2,3か月の間に露と消えて、夢のまた夢になるとは思いもよらぬことでした。ドイツオペラに、ヴィーナスの死体に男たちが涙するという歌がありますが、それを思い出しながら、何か私も、一文を「失われた美女へのエレジー」として書きたくなったのです。
がんは慢性病だと思われちいるが、急性のものもある。「これはがんではない。こんなに急激なものは、ありえない」と、かかりつけ医の先生は言いました。それから3か月のちに亡くなりました。
がんになるとやせるという。しかし死の直前まで痩せることはなかった。
ポリープ、腫瘍が大きくなって、危険になる。裏返せば小さい間は大丈夫、これが常識。しかし、小さくても怖いものがある。
手術をして取りました。成功です。本当にそうか。根っこの部分はどうなるの。
こういうことを問題に残して、すべて異例ずくめで、私のマドンナは去っていきました。誰かを非難するつもりはない。たとえ、原因が究明されても、帰ってくるわけでもない。書いても無駄なことは分かっている。しかし心の整理がつかないので書く気になりました。

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