がんで逝った妻を「むらさきのにおえるきみ」とうたう。

2019年7月5日私の妻徹子は永眠しました。この年の正月では、まだ病魔が忍び寄ってくるとは、思いもよらないことでした。特にがんだとは思いもしなかったのです。がんは慢性病だと思っていましたから。今は「不意打ちだったなあ」、「がんに急性、劇症もあるのか」、「大病院でも原因がわからないというがんもあるのか」などと、あれこれ呆然とした思いで暮らしています。
他方で、80歳という年を考えると、「お釈迦様でもそうではないか。歴史的に考えると、ぜいたくは言えない」、「今の世の中が特別なのだ」と思い直したりしています。
「妻は長寿を全うした」こう思えと、自分に命令したりしています。「見送ってやれてよかったとも思うべきだ」と、自分に言い聞かせたりしています。
妻の古くからの友人が、胡蝶蘭を送ってくれました。ピンク色の混じった紫の花でした。そういえば、妻はピンクと紫を特に好み、またよく似合っていました。さすがは親友、よく見ていると感心しました。あるいは、感心するのは筋違い、「女なら当たり前ですよ」ともいわれそうです。
「紫の、匂える君の、思い出に、胡蝶の欄がおくられしかな。」
と、礼状の書きました。
数日後に、もう一人の友人から、シクラメンの花が送られてきました。これもまたピンクと紫でした。誰が見てもこうなるのかと感心しました。シクラメンは門の前に置くのが適していると書かれていました。
「紫の、匂える君が、たたずむと、思えば門部(かどべ)の、花シクラメン。」
このように礼状をしたためました。
冒頭の句は万葉集にあるものですが、こう書いても当然、気恥ずかしくはない、そういう女性と60年ともに生きてきたこと、これ、またとない幸せであったと思います。

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