一手の差を見切って打つ

宮本武蔵が剣の極意を書き残した時、「間合いを見切れ」という言葉を残しました。勝負である以上、こうなるところでしょう。碁を打つときは、「一手の差を見切れ」となるでしょう。プロでは当たり前のことですが、我々アマチュアの世界ではなかなかこうならないのです。ひどいときは、二手の期待を持って打ちます。つまり「まずこう打って、相手が気付かなければもう一手打つと、相手の大石が取れて、相手投了に持ち込める」と期待すると、もうこれのとりこになります。
特にした手打ちになれると、下手はこれによく引っかかるから、その味が忘れられなくなって、上手相手にもするようになります。そうすると意外に時々成功します。これが蜜の味なのです。私に星目置く人でも、それをします。私も、五目置く人に対して、それをして、相手が怒った怒った、盤面を崩して、頭の毛をかきむしって、トイレに行ってしまいました。こちらは、失礼じゃないかとも思わず、「虎を罠にかけた」と周囲の人に言いました。
ある時、三目置く人が「何やっとんな、あんたの考えとることなんかわかっとるよ」といいました。岡山出身だからこうなります。先ほどの五目置く人からは、彼が勝った時にでも「どうもおかしいのですよね。あなたの碁は」と怒りました。私は「勝って怒る人は初めて見た」と笑っていましたが、このよう体験を繰り返して、「碁は一手づつ打つのだから、二手の期待を持ってはいけない」と思うようになりました。たとえしたて相手に対しでも。だから、嵌め手の癖はもってのほかとなります。
つまりまじめに考えて、相手も最善の手を打ってくるだろうから、それに対処して、一手の差を読み切る努力を重ねる、このような心境になったとき、高段者の領域に入ったと思います。

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