感慨・続の続

はじめは囲碁の縁を書いていましたが、音楽、ショパンに話が移りました。
こうなると、いくつかの奇妙な縁が思い出されます。私、ホームページにも書きましたが、「高杉晋作」についても本を出版しています。動機はというと、かなり神がかり的なことになります。私が二十七歳のころ、香川県の丸亀市と多度津町の間を列車で通過していた時のこと、ハッと閃いたことがあった。「高杉晋作は尊攘激派といわれているが、実は開国論者ではないか。そこのところが親友の久坂玄瑞、桂小五郎とは違うところ、スローガンでいうと開国討幕論というべきであろう。そうすると、商人層との提携が円滑に行われ、両者の協力で幕府を倒せる。その後、商人層の力が強くなるから、フランス革命と同じことになる」。「あとは具体的な証明だ」。これが閃いたとなるのですが、なにか声が聞こえてきたようにも思うのです。学問的なことは別のブログに譲るとして、ここでは奇妙な縁について、書きます。研究を進めていくと、高杉晋作は、27歳のころ、この丸亀、多度津と琴平の間で動いていました。丸亀の支援者としては小橋安蔵という商人がいました。ただの商人ではありません。戦国時代の宇喜多家の家臣でした。最後は、多度津の港から逃げ出し、長州へ戻りました。同じ年齢で、私は丸亀高校の世界史の教員をしていました。私の学問体系の基本は、この時から始まったのです。これもまたとえがたい縁だと思います。

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