体操なしの囲碁は危険

先週囲碁クラブで、5段の人と打ちました。話好きの人で、打ち終わってからしばらく雑談になりました。私の対して「いつもお元気ですね。こうやって下手いじめをやっておられると、頭を使うからボケることはありません」などといわれる。「しかし、当然、体操も」となる。この人も何かやっているなと思い、「うん、うん」といいました。その人も、84歳、しかし元気で姿勢もよく、遠距離を歩いてくる。囲碁をするだけでは、体が弱る。注目するべきは、耳が遠くなる人が多い。この点でも話題が一致した。特に、「あれ」と思われるほどじょうたつした人が、突然聞き耳を立て、やがて補聴器を持ってきて、「これが合う」とか「合わない」などといいます。声が大きくなり、怒りっぽくなる。やがて認知症気味になり、いざこざを起こし、やめていく。その前に、教え好きになり、異性に接近しすぎる。まあ、こんなところが共通点かという話でした。
帰りながら考えた。「すべての出発点は難聴であり、これは他人ごとではない」。「とりあえずまだ免れているのは何のおかげかな」と考えつつ、調べてみました。様々な事故がありますが、それは別問題として、老化に伴う一般論としては、「耳周りの血流不足」が目につきました。
じっと座って、盤面や問題を見つめている。頭の中はフル回転、血流はあるではないか、しかし、耳周りの頭蓋骨の外側はどうか。「あ、これはだめだ」と気が付きました。そこは、不動の姿勢を長時間、これでは血流が滞てくるでしょう。これが問題なのかと悟りました。
振り返って、自分や対話の相手がどうなっているのか、相手に聞くわけにもいかず、自分だけの経験だけで助言をしましょう。確かに、私は数十年間、それに必要な体操をしています。しかもその効果があるとは知らずにです。かなり以前に、そうするものだと教えられたことを、「何でもよいからやっておくか」というくらいの気持ちで習慣にしていました。ある種の密教部分ですが、「なんだか変なものだがやっておくか」くらいの気持ちでした。これが最近になって、ヨガの分野で「顔ヨガ」と呼ばれ、気功、導弾術の分野で気功養生法などと呼ばれているものだと知りました。
これは厳密にいうと、体操といえるかどうか、大きく動かすわけではないが、やはりいえるのかな、そういう疑問を感じつつ、意外に役に立っているのではないかと急に思い始めました。

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