86歳でたどり着いた心得

この3月に入り、86歳代に入りました。85歳とはまた違うようで、それを感じる出来事がありました。秋の日のつるべ落としになったかという実感です。同窓生5人で碁を打っています。有楽町、日本棋院です。ところが、一人、補聴器を持ってきました。もう一人はつえを突きはじめました。もう一人は、高血圧、歩行困難、エレベータを探して歩きます。わずかな登り坂でも手すりをつかみます。さらに一人、十年前から難聴で、筆談が普通になりました。「君は何もないだろう」といわれます。嬉しそうにすると、同窓会殺人事件などに発展するといけないので、あいまいに笑っています。つまり4人は86歳だったので、私だけが85歳でした。
そこで感じたこと、86歳は危険だ。今年の一年で、何かが起こるのではないか、全員に来ているのだから、自分だけが免除というわけにもいかないだろう、こういう思いです。
まずは頭について起こり始めたかな、このように感じた事件、それはごく最近、鎌倉の友人、六段の人物、去年8目まで打ち込んだ人、その人に立て続けに負けて、ついに6子局で2敗、「もう一度勝つとめでたく5子局に昇格ですか」などと喜ばせました。
「これはいかん」「86歳の墜落とは早すぎるではないか」、こうあっせって、必死に考えました。今、碁の勉強はできない。とすると、何か心得を一つ定めて、それで切り抜ける術はないか。すると、はっとひらめいた。「呉清源は店じまいの天才だ。僕らはいつまでもやっている」という梶原9段の言葉です。「よし、これだけを実行しよう。ちょうど下開き放物線だね。みせじまいのところが頂点、そこから先は石取りに行かない」。こう考えて、実行し始めました。今日鎌倉山囲碁クラブでそれを実行し、全戦全勝、気を良くして帰ってきました。

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