前半はクマのように、後半はウシのようにでどうか

このところ、囲碁の会で勝率がきわめてよるろしい。もちろんすべて置き碁で、私が白ではありますが。白とはいえ、置石の数が増えると負けます。当然のことで、今までは勝ったり負けたりしていましたが、このところ、負けることがほとんどなくなりました。
私は当然のことと思っています。例の、呉清源と店じまいの教訓、これだけを実行しようと努力しています。これがピタリ当たると、静かに勝つような気がします。こちらの気分は動揺しません。勝負ですから、相手は負けて動揺します。ぐずぐずと反省の弁を言います。これがどの碁会でも、「ここで止めておこうと思ったんだ、だのにこの石がとれるかもしれないと思うと、もう一直線になって、またやってしまった」。「終わりころになって戦うなといわれているのに」。「この癖のために負けてしまう」。
こういう反省の弁です。一人や二人ではない。私も話を合わせながら、「終盤になっても、目が肉食獣のようになっている。何処か食いちぎれるところはないかという雰囲気です」といいます。それで、「目つきから変えなければいけないかもしれません。同じ戦うにしても、取りに行く戦いよりも、相手が取りに来るのを迎え撃って、戦う方が終盤では勝率が良いような気がします」といいました。
何か良いたとえがないものかと、「まあ、後半は草食獣になるという心がけはどうでしょうか」といいました。「羊か、おとなしくするということですか」といいながら、まだ釈然とした雰囲気ではありません。
いろいろ考えているうちに、別れてから、「前半はクマのように、後半はウシのように」はどうだろうかとひらめきました。熊は肉食、草食を兼ねています。地も取るが、石も取る。ウシは草食のみ、ただし攻撃されると角をふるって戦う。後半戦はこういう戦いのほうが勝率が高いのです。
店じまいの時期はいつか。これはいろいろあって定義がしにくい。そこで、アマチュアならば、おおざっぱにいって後半戦としておく方がかえって実行しやすいかもしれないと思いました。たとえどこまでも戦っているとしても、ふと後半戦に入っていることを自覚したならば、「そうだウシになる」と閃くとよいのです。「どこかで牛になる」。これでどうかと思います。

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