難戦を避ける

2018年5月1日、日経新聞の囲碁欄に「戦いに強く読みが深いので、難戦を避ける」という文章があった。日、韓のトップ棋士の対戦に際しての心得を問題にしている。「何方の側の心得かね」と聞くとする。私だけではなく、ほとんどの日本人が、「それは決まっている。日本人の側の心得だよ」というでしょう。日本棋院発行の問題集を見ると、あちこちで、「序盤を見てなめていると、戦いになってひどい目にあいますよ」と書かれている。
日本人が理論派で、中、韓の棋士が力戦派だと、疑いもなく思い込んでいた。ところがである、韓国の棋士が日本の棋士についてそういうのだから、驚きであった。もちろん、日本人全体がそうだというのではない。井山裕太氏についてそうだといっている。他は違うのだろう。
やっとのことで一人だけ、戦闘能力で世界一と認められそうになったところで、今度はその戦闘能力を封じ込める戦略を立てる。それもはるかに若い棋士だ。そして、序盤を見るとそのように打っている。「うーん」と唸るのみ。
実は自分も、そのような戦略を立てている。理由は、年にせいで、難戦の中では取りこぼしが出てくる。ふと、思考が途切れることもある。若い者の集中力にはかなわない。そこで、相手の石を一二か所に固まらせ、自分は大きく網を張る。打ち込んできたところを、穏やかに攻めて地を稼ぐ。さらに相手が戦いを挑んできたときには受けて立つが、そういう戦い方は勝率が高いような気がする。
こういうことはかなり老成してきてから考得るものだと思っていたところ、二十歳代の韓国の棋士が実行するという。そして勝った。もう何も言えない。ただ感じ入るのみである。

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